
鳥山石燕の妖怪画をまんまパクって作られた『怪物画本』を、元になった鳥山石燕の妖怪画と比較するという、意味があるのか無いのかよく分からない企画でございますヾ(๑╹◡╹)ノ"
鳥山石燕の妖怪画(『今昔百鬼拾遺』)には解説文が書かれているので、原文と現代語訳もちゃんと載せますよヾ(๑╹◡╹)ノ"
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『怪物画本《かいぶつえほん》』「清姫」[明治十四(一八八一)年刊、李冠光賢《りかんみつかた》画、鍋田玉英《なべたぎょくえい》模写]
『今昔百鬼拾遺』巻一「道成寺《どうゼうじ》の鐘《かね》」[安永十(1780)年刊、鳥山石燕作画]
※画像の調整、赤字の書入れは筆者。
【原文】【現代語訳】
【解説】 安珍清姫伝説は、真砂《まさご》の庄司《しょうじ》の娘 清姫《きよひめ》が、宿を借りた僧 安珍《あんちん》に一目ぼれして追いかけ、逃げる安珍は最終的に道成寺の鐘の中に隠れますが、蛇となった清姫が鐘に巻き付いて安珍を焼き殺す、というお話です。
---------------【原文】【現代語訳】
道成寺《どうぜうじ》の鐘《かね》
道成寺の鐘
道成寺の鐘
真那古《まなご》の庄司《しヤうじ》が娘《むすめ》、道成寺《どうじヤうじ》に到り、安珎《あんちん》が釣鐘の中に隠れ居《ゐ》たるを知りて、蛇《じヤ》と成《な》り、其の鐘を纏《まと》ふ。
真砂《まさご》の庄司《しょうじ》の娘が道成寺に行き着き、安珍《あんちん》が釣鐘の中に隠れているのを知って、蛇となってその鐘に巻き付きました。
真砂《まさご》の庄司《しょうじ》の娘が道成寺に行き着き、安珍《あんちん》が釣鐘の中に隠れているのを知って、蛇となってその鐘に巻き付きました。
此の鐘《かね》、溶けて湯《ゆ》と成ると言ふ。
この鐘は溶けて湯のようになったと言います。
この鐘は溶けて湯のようになったと言います。
或《ある》いハ曰《いハ》く、道成寺《どうじヤうじ》の鐘ハ今、京都《けうと》妙満寺《ミヤうまんじ》に在り。
別の説だと、道成寺の鐘は今、京都の妙満寺《みょうまんじ》にあります。
別の説だと、道成寺の鐘は今、京都の妙満寺《みょうまんじ》にあります。
其の銘《めい》、左《さ》の如し。
その鐘の銘文は次の通りです。
その鐘の銘文は次の通りです。
紀州《きしう》日高郡《ひだかごほり》矢田庄《ヤだのしヤう》
紀伊州《きいのくに》日高郡《ひだかごおり》矢田庄《やだのしょう》 (現在の和歌山県)
紀伊州《きいのくに》日高郡《ひだかごおり》矢田庄《やだのしょう》 (現在の和歌山県)
文武天皇《もんむてんわう》の勅願所《ちよくぐハんしよ》道成寺《だうじヤうじ》の冶鐘《ヤしウヤう》
文武天皇《もんむてんのう》勅願《ちょくがん》道成寺《どうじょうじ》冶鋳鐘《やちゅうしょう》 (かつて文武天皇が祈願された道成寺の鐘の鋳造《ちゅうぞう》)
文武天皇《もんむてんのう》勅願《ちょくがん》道成寺《どうじょうじ》冶鋳鐘《やちゅうしょう》 (かつて文武天皇が祈願された道成寺の鐘の鋳造《ちゅうぞう》)
勧進《くハんじん》の比丘《びく》別當法眼《べつとうはうげん》定秀《でうしう》
勧進比丘《かんじんびく》(道成寺の住職)瑞光《ずいこう》
別当法眼《べっとうほうげん》(寺務を統括する僧官)定秀《じょうしゅう》
勧進比丘《かんじんびく》(道成寺の住職)瑞光《ずいこう》
別当法眼《べっとうほうげん》(寺務を統括する僧官)定秀《じょうしゅう》
檀那《だんな》源万壽丸《みなもとのまんじゆまる》
檀那《だんな》(施主《せしゅ》)源万壽丸《みなもとのまんじゅまる》
檀那《だんな》(施主《せしゅ》)源万壽丸《みなもとのまんじゅまる》
并《なら》びに吉田源頼秀《よしだミなもとのよりひで》
并《ならびに》吉田源頼秀《よしだみなもとのよりひで》
并《ならびに》吉田源頼秀《よしだみなもとのよりひで》
合山《がつさん》の諸檀越《しよだんおつ》男女《なんによ》
合力《ごうりき》[分力《ぶんりき》]諸檀《しょだん》男女《なんにょ》 (檀家の男女たちが力を合わせた)
合力《ごうりき》[分力《ぶんりき》]諸檀《しょだん》男女《なんにょ》 (檀家の男女たちが力を合わせた)
大工《だいく》山願道願《さんぐハんだうぐハん》
大工《だいく》(鋳造責任者)山田道願《やまだどうがん》
大工《だいく》(鋳造責任者)山田道願《やまだどうがん》
小工《せうく》大夫守長《たいふもりなが》
小工《しょうく》(大工の補佐)大夫守長《たいふもりなが》
小工《しょうく》(大工の補佐)大夫守長《たいふもりなが》
延暦《えんりヤく》一四年 乙亥《きのとのい》 三月十一日
正平《しょうへい》十四年(西暦一三五九年) 己亥《きのとのい》 三月十一日

挿絵は、道成寺の鐘に巻き付く清姫の姿が描かれていますが、解説文に清姫という名前は書かれていません。
道成寺の鐘は京都の妙満寺にありますが、現在残されているのは、元の鐘がボロくなったので、江戸時代に作り直されたもののようです。
石燕が引用した道成寺の鐘の銘文は間違いがあったので、【現代語訳】には正しい道成寺の鐘の銘文を記しました。
なんか、『怪物画本』の方、清姫の着物の柄を描くのが面倒だったんですかね?
※参考文献
寺西貞弘「妙満寺の梵鐘について」『関西大学博物館紀要 第29号』(2023年3月)






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